【書籍紹介】西洋哲学とイスラームを飛び交う|イスラームから見た西洋哲学

レビュー

イスラームから見た西洋哲学』(中田考、河出書房新社)を読みました。

イスラーム教徒の法学者である中田先生が一般人にもわかりやすい言葉遣いと例え話で哲学のエッセンスを紹介してくれる本でした。

とても読みやすいです。

西洋の歴史的な流れにイスラームが関わっていることがわかり、私の中の世界史の流れのイメージが変わりました。

例え話もとてもわかり易く、現代の私たちが当時の哲学思想をどう受け止めればいいかがわかります。

注釈も多く、辞書的に使うこともできます。

通史として何度も読むことを想定して作られているようです。

・ニヒリズムと信仰告白の関係からイスラームを理解

・実は優しいイスラーム

・中田先生のファンブックでもある

ニヒリズムと信仰告白

ポリティカル・コレクトネスは真のニヒル(虚無) を直視できないニヒリズムの過渡的形態の一つです。そういった言説もどんどん新自由主義に回収されつつあり、その一方で自己責任論が広まっています。それは結局、金を稼げない人間は生きる価値がないので死んだらいいという話です。そしてあらゆることがエビデンスベースで科学的、合理的に決定されるべき、という風潮が広まり、それには人間よりもAIが優れている、ということで、自分たちの運命の選択を人間ではなく機械に任せることになります。そして次に来るのは、人間のような愚かで生かしておくのに手間がかかる動物は生きる価値はなく不要である、という理論になります。このような考え方からすると、特に老人は不要です。介護の費用がかかるだけで何も生産しないわけですから。子どもも要らない。

イスラームから見た西洋哲学 (kindel版) 位置: 1,689

イスラームの最初の教えは「ラー・イラーフ」、すなわち「崇拝すべきもの、価値があるものは存在しない」です。宇宙からすべての価値を剝ぎ取った近代西洋が露呈させたニヒルの闇を直視し、私たちが目にすることができるもの、目に見える世界のどこにも価値も意味も救いも存在しない、という冷徹な事実を認めた者にのみ、ニヒルの彼岸から「ただしアッラーは別である」との暗闇を切り裂く雷鳴のような絶対他者の声が耳に届きます。

イスラームから見た西洋哲学(Kindle版) 位置: 2,948

ニーチェは、今後200年はニヒリズムの世界が続くと予想していたそうです。

中田先生もこれは避けられないと考えられています。

しかし、イスラームは始まりから既にニヒリズムを超越していると紹介されていました。

それは、信仰告白という入信の言葉「ラー・イラーフ・イーラッラー」に現れており、「ラー・イラーフ」で神はいない、すなわち崇拝するものなどなにもないとすべての価値を否定するところから始まり、その後に続く「イーラッラー」でしかしアッラーを除いてと続きます。

イスラム教はこの崇拝するものなどなにもあってはならないという、自らニヒリズムを受け入れた後、しかしアッラーを除いて、すなわちアッラーのみを崇拝の対象とする、ということを始まりとする宗教だということでしょう。

そして様々な教義はここから派生をしていく。

とても論理的な、そして優しい宗教だと思えました。

生きるためには盗むことも義務となるのがイスラーム

また、イスラム教においては、生きとし生けるものはすべて神を讃えるために生きています。

だから、勝手に死ぬことは許されません。

それ故に、生きることは義務であり、生きるためにもし盗む必要があるのであれば、盗むこともまた義務となります。

イスラーム法では、盗まなければ生きていけなかったりすると、逆に盗むことが義務になります。「生きなさい」という命令があるからです。なんで「生きなさい」という命令があるのかというと、神に仕えるためにです。生きていないと、神に仕えることもできませんから。その場合には、むしろ盗まないといけないのです。盗んで、食べないといけないのです。

イスラームから見た西洋哲学(Kindle版) 位置:524

論理的に積み上げた法体系の世界にもかかわらず、とても人間的な側面のある宗教だと感じました。

イスラム教には自爆テロのイメージが強く、生きるのが義務というのに違和感を覚えられる方もおられると思いますが、それには理由があります。

自殺は許されない一方で、ジハードで死ぬことは天国へ直行するという考え方があるのです。

詳しくは、『イスラム―癒しの知恵』(内藤 正典、集英社)をぜひ一読ください。

中田先生のファンブックでもある

中田先生がそれぞれの哲学思想に対してどう考えているのか、またどんな影響を受けてきたかの紹介もありますので、ある意味中田先生のファンブックとしての要素もあります。

本書は中田先生の『私はなぜイスラーム教徒になったのか』の続編と言ってもいいでしょう。

特にニーチェが先生に与えた影響は強いことが見受けられました。

私がイスラームに入信した理由の一つもそこにあります。強いものは強く、弱いものは弱いなりに自分の力に応じて義務を負う。そしてその人間の力というのは、人間自身の自分の力ではなくて、神に従って正しく生きるために神から授かったものであり、力と責任とは論理的に対となる概念です。

イスラームから見た西洋哲学 (kindel版) 位置: 1,781

そしてニーチェの思想は、ケルゼンに繋がり、ケルゼンの考えが実はイスラームの中にすでにあったことを見つけられたようです。

私もケルゼンの本は過去に読みましたが私には理解が及ばず投げ出してしまった経験があります。

しかし本書でなんとなく「あぁそういうことを言っていたのか…」と分かったのもちょっとうれしい経験でした。

関連書籍

私はなぜイスラーム教徒になったのか』(中田考、太田出版)

歴史序説』(イブン=ハルドゥーン、岩波書店)

法哲学入門』(長尾龍一、講談社)

世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(副島隆彦、筑摩書房)

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